台湾9号機関車
9号機関車は、台湾総督府鉄道成立後に日本から台湾へ移入された初期の機関車の内の一輌です。元は日本最初の官設鉄道である新橋~横浜間の開業に備えて1871年(明治4年)にイギリスから輸入された機関車群の一つで、エイボン・サイド社(Avonside)製の元国鉄7号機関車でした。1901年(明治34年)に台湾へ送られ、清朝時代から引き継がれていた機関車が1号から8号まで存在していたため、台湾では9号機関車となりました。同じく1901年(明治34年)には、エイボン・サイド社製の別の1輌と、汽車製造(汽車會社)で製造された機関車が、台湾へ送られる予定でした。汽車製造(汽車會社)製の機関車は、日本国内で製造された最初期の蒸気機関車にあたり、製造番号第1号および第2号が台湾向けとして用意されていました。しかし、これらを積載して台湾へ向かった汽船「鶴彦丸」は、同年10月、長崎県五島沖女島沖で座礁・沈没する事故を起こし、エイボン・サイド社製の1輌および汽車製造(汽車製造)製造番号第1号機関車は海没し、台湾には到着しませんでした。製造番号第2号機関車は別に台湾へ送られ、台湾鉄道において旧18形・B33形を経て、のちにBK10形のBK22として使用されました。9号機関車は台湾到着後、北部台湾の路線で使用され、1925年(大正14年)まで運用されました。廃車後は、清朝時代の1号機関車「騰雲」とともに台北新公園(現在の二二八和平紀念公園)に保存展示され、現在に至っています。なお、エイボン・サイド社製の蒸気機関車が日本の官設鉄道(後の国鉄)に導入された例はこの2輌だけであり、その他は私鉄買収により国鉄に編入されたものや私鉄や工場専用線の軽便機関車で、日本国内に現存する保存車はありません。
9号蒸気機関車 諸元
| シリンダ直径×行程(mm) | 330×457 | 全長(mm) | 7,912 |
|---|---|---|---|
| 缶圧力(kg/cm²) | 8.4 | 全幅(mm) | 2,299 |
| 火格子面積(m²) | 0.91 | 全高(mm) | 3,607 |
| 全伝熱面積(m²) | 49.3 | 缶中心線高(mm) | 1,689 |
| 機関車運転重量(t) | 25.66 | 動輪直径(mm) | 1,219 |
| 炭水車運転重量(t) | -- | 最大軸重(t) | 9.46 |
| 燃料搭載量(t) | 0.75 | 動輪上重量(t) | 18.49 |
| 水槽容量(m³) | 2.73 | 軸配置 | 2-4-0T |